ディオール(DIOR)の2026年春夏コレクションは、2025年10月1日(水)、フランス・パリで発表された。
「入る勇気」を問われて、思い出した腕時計売り場の緊張
会場中央の巨大スクリーンに「Do you dare enter the House of Dior?」の文字が浮かび、ジョナサン・アンダーソンによる初のウィメンズコレクションが幕を開けた。映像越しに見ていた私は、正直少し身構えてしまった。ディオールという名前の重みは、買い物好きにはなかなか手強い。それでもこの挑発的な一文は、どこか愛おしくも感じられた。憧れのブランドの腕時計売り場に初めて足を踏み入れたときの、あの背筋が伸びる感じとそっくりだったからだ。
今回のショーを見て最初に思ったのは、これは「歴史を着る」ための服だということ。1947年のデビューコレクションで生まれた「バー」ジャケットは、ウエストから花びらのように広がるシルエットを残しながら、メンズウェアのファブリックで仕立て直されていた。格式ある名作が肩の力を抜いて街へ降りてきたようで、私が腕時計に求める「格はあるのに毎日使える」という条件と、驚くほど重なって見えた。
ここで少しだけ私の手元の話をしたい。平日の仕事にはシンプルなステンレスのクォーツを着けているが、気分を上げたい日はディオールの時計を選ぶことが多い。ケースの面取りや文字盤の仕上げが丁寧で、光の角度で表情が変わるところにメゾンらしさを感じる。ただ、仕様の細部はモデルごとに違うので、購入前に必ず店頭で実物を確認してほしい。ここに書くのはあくまで私の使用感だ。
オートクチュールの発想は、時計選びにも通じていた
「シガール」は、鋭角的に張り出したスカートが特徴のデイ・ドレスだ。今回は建築的な骨組みを残したまま、レースでナイトウェアのような官能性が加わった。硬い構造にやわらかな素材を合わせる発想は、金属ケースに繊細な文字盤を載せる時計づくりと似ている。1949年の「ジュノン」はホルターネックに、「デルフト」の重なるパネルはカーゴスカートに、「カプリス」の流れるような曲線はデニムパンツに姿を変えた。
ここからは、ブランド腕時計との比較を正直に書いてみる。まず思い浮かぶのはシャネルのJ12だ。セラミックの硬質でつるりとした質感は唯一無二で、傷への強さは大きな魅力になる。一方、ディオールの時計は装飾性が高く、ドレスの延長線上にある華やかさがある。どちらが上というより、無機質なモードか、ふくよかな装飾美かという好みの問題だと私は感じている。
次にカルティエのタンク。長方形のケースは百年を超えて愛される完成形で、資産性や定番としての安心感は一歩リードしていると思う。ただ、タンクは「正解すぎて」個性を出しにくい面もある。ディオールは今回のコレクションのように、伝統を少し崩して自分らしく着る余白がある。この遊び心に惹かれる人には、ディオールのほうが満足度は高いはずだ。
素材と品質についても触れておく。高級ウォッチではステンレススチールのケース、サファイアクリスタルの風防、レザーやメタルのブレスレットが一般的だ。ディオールもこの水準を意識した作りで、触れたときの重量感や留め具の精度には安心感がある。ムーブメントはクォーツか自動巻きかで価格も手入れも大きく変わる。自分が毎日使いたいのか、機械式の趣を楽しみたいのかを先に決めると、選択がぐっと楽になる。
では結局、値段に見合うのか。私の答えは「機械式の精度や資産性だけを求めるなら慎重に、デザインとブランドの物語を身につける喜びを求めるなら十分あり」だ。実用だけを基準にするなら、国産ブランドのほうがコストパフォーマンスは高い。それでも今回のショーのように、メゾンの歴史を現代の日常へつなぐ感覚は、数字では測れない価値だと思う。
最後に、これから検討する人への小さなアドバイスを。まず必ず試着して、手首の細さやケース径とのバランスを確かめること。そして服との相性を想像すること。メンズ素材のジャケットにもレースのワンピースにも合わせやすいのは、主張しすぎない文字盤だ。長く付き合うほど愛着が増す一本を、焦らず選んでほしい。
「入る勇気」とは、背伸びして飛び込むことではないのかもしれない。歴史を知り、自分の暮らしに引き寄せ、納得して選ぶこと。ジョナサンの挑戦状は、買い物の姿勢まで問い直してくれた気がする。ディオールの扉の先で、あなたの腕元に何が似合うのか。ぜひ自分の目で確かめてみてほしい。